ラスト・サムライ
今日はテレビで映画『ラスト・サムライ』を見ていたので遅くなりました。金曜日は深夜の『オースティン・パワーズ2』でしたが・・・
今映画館では『硫黄島からの手紙』が公開されていますが、これも是非見ておきたい作品です。
昨今この手の日本人の心をテーマにしたような映画が人気を博していますが、残念なのはこれを作ったのが全てアメリカであるということ。どうも屈折した戦後教育のおかげでこうしたナショナリズムを高揚するようなものはタブー視されてきた感もありますが、逆に今になって流行的に騒がれるのも根無し草の感が否めず複雑な気持ちです。
私が最近どうも好きになれなかった時代劇や戦争劇はあまりにも描き方が現代人の感覚であるという点。あらゆる作品を見たわけではないのですが、当時の人の心やそれを現代に投げかけてくる作品作りをしているのがアメリカ人であり、日本人が描くとそうならないというのは悲しいところです。
過去の過ちを戒めにすることは必要なことですが、過去を否定してしまうことは現在生きている私達の存在そのものを否定することになりはしないでしょうか。「過ち」とされた時代で懸命に生きた祖先がいるからこその現在だと思うのです。
その時代に生きていない私達にはその時代の人たちの心はあくまでも想像の域、それも現代の感覚での想像の域を抜けることはありません。であれば私は自分のご先祖が下した決断を信じたいと思うのです。
全てを経験則によってしか思考できないというのも浅はかですが、経験していない世界のことを考えるときに経験則から離れたつもりでその実は離れ切れていない想像域を超えられないのが常態ではないでしょうか。
自分の判断基準では理解の出来ないような行動や生き様と対峙したときに「そういう人もいるんだ」「その根底にある思想は何なのか」といった受け止め方が出来るか否かが異文化交流や歴史認識においては最低限必要なことではないでしょうか。
そうした思考を越えた部分で絶対的な判断基準は自然界の摂理以外には存在しないわけですから人間の思考などはある意味瑣末なことかもしれませんが、この経験則から完全に離れた受け止め方が出来ないからこそつまらぬ争いごとも起きている気がするのです。
映画一つでくだらないことを書き綴ってしまいましたが、私が映画に求めるのは「哲学性」と「娯楽性」。その意味では『ラスト・サムライ』と『オースティン・パワーズ』は最高でしたね。あ、「娯楽性」って言うのはなんにも考えずに馬鹿笑いができるってことです。
2006年12月11日 00:10
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