« 稲刈り予定 | メイン | 初ナバ »

2008年09月24日

実習報告

「お誕生日おめでとー!おれ!」
というわけで本日無事に35回目の誕生日を迎えました。

先日のブログでは今日から稲刈りの予定にしておりましたが、予定変更しまして来週からにしました。稲刈りの準備が万端でないこと、畑がまだやる事が残っていること、そして天気予報が思わしくないこと、などなどの事情によります。

ということでまだ稲刈りにはなっておらず、今日は畑で虫に食われた秋野菜の蒔き直しなどをしておりました。

さて、本題です。先日の実習の写真ですが、容量を縮小することに成功しましたので、少しずつ紹介していこうと思っております。膨大な量の写真を撮ってもらってはいるのですが、あくまでも個人の顔が特定できにくいものをと思いますと、どうしても遠景のものが多くなり、枚数も激減しますのでどの程度ご紹介できるか・・・

とりあえず今手元にある実習初日のものから。

初日の鶏の解体風景です。
写真は血抜き、脱毛をしているところでして、ここに写ってはいませんが、他の学生は川岸から見学しています。

うちには解体施設があるわけではありませんので、血抜きと脱毛作業までは川で行いました。この日おとした鶏は5羽。私が1羽見本でおとしますので残りの4羽を学生達に任せました。
その後の解体作業は家に持って帰って行い、その日の夕食のおかずに。

この活動は自由参加としました。かなり衝撃的な実習ですので、精神的に持ちこたえられない子もいるかと思い、参加するか否かは実習内容を説明した上で本人達に決めさせました。結果、3名の辞退者がでましたので、彼女達には他の作業をさせておりました。
私や先生にとって辞退者3名というのがまず驚き。大半のものが辞退するのではないかと思っていたからです。

次いで鶏の首を切る役も、その後の血抜き中に暴れる鶏を押さえておく役も、帰ってからの解体作業も、全て希望者を募って行いました。この段階でおとされる鶏の数も減るのではないかと踏んでいたのですが、これまた全て進んで行うものが揃ったので驚きました。

この実習は私達人間が「食べる」、ひいては「生きる」ということがいかなることかということを知ってもらうために行いました。
「いただきます」という言葉は「自分達が生きるために他の命をいただいている」という意味とは最近よく聞くようにもなりましたが、お題目だけを教えてもらっていては文字通り机上の空論でしかありませんで、食べ物に対する感謝の念など育まれません。

実際、現代人は米や野菜などの植物に対しては「いのち」という感覚さえ持てているのかどうかも怪しいところですし、肉や魚などの動物性食物に至っては飼育されている家畜を見るときは「かわいいー」、殺される段になると「かわいそう」などといっているわりには「焼肉大好き」と平然とのたまっている始末。

肉を食べたいのであれば、その動物を殺す覚悟が必要なのです。その覚悟無しに動物性食物を口にするのは自然界では違法行為そのものです。

ここで「動物性食物」と書きましたが、肉に限らず卵、乳製品など全て同じことです。卵を食べるということはヒヨコのいのちを食べているのです。乳製品を口にするといことは子牛が命をつなぐための貴重な食物を略奪しているということです。全て他の命の犠牲の上に成り立っているのです。

学生達もこの体験を通してそのあたりのことは実感できたようで、さばいた鶏はみんなで残さず食べておりました。今回の鶏は3年オチのヒネ鶏、味は最高ですが、半端じゃなく硬く、みんな顎が痛いとか言ってましたが、それでも残してはいけないという責任感みたいなものが美味しくいただくという行為に結びついていたようです。
あ、解体作業に参加していない学生は当然食べてませんよ。

動物性食品に関する現代の食の歪みについては話し出すと際限なく問題点が噴出しますので、今回は「いのち」という大原則に限って実習も進めましたし、私の話もそれ以上は掘り下げないように気をつけたつもりです。もしかしたら個人的にそれ以上の話を聞いたという学生もいるかもしれませんが、私自分でしゃべったことをよく覚えていない性質なので・・・あしからず。

2008年09月24日 20:16

TrackBack

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.123weblog.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/2299

Comments
Please Comment!




保存しますか?