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2007年01月22日

ふきのとう

昨日、ご近所さんからふきのとうの天婦羅をお裾分けしてもらいました。今年は暖冬のため、ふきのとうも早くから顔を出しているのかと思っていましたが、この方は毎年このくらいの時期には採っていたとか。私はいつも2月から3月にかけてだったのでびっくり。

さて、この春の山菜ですが、冬の間に体内に溜まった毒を抜いてくれるというのはよく聞く話。ですから山菜の時期になると無性に食べたくなってくるわけですが、今時期に食べるとさすがにこういう感覚にはなりませんね。
どちらかというとこれから毒が溜まってきそうという感覚ですから。

私の体の感覚が自然と全く一致しているというわけではありませんが、やはり都会暮らしをしていたときから比べると確実に研ぎ澄まされてきているのは事実です。冬にイチゴなんか食べたいとは思いませんし、まだ野辺に生えてもいない七草なんかを買ってまで食べようとも思いませんから。

現代人の食生活を見直す際に、実は「旬」を知るってことが第一歩なのかもしれませんね。でも「旬」の食材だけを使った食生活というのは現代人にとってはかなりの難関だと思いますが・・・

2007年01月22日 20:56

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Comments

うるとらまんさん、
長らく更新していなくてすみません。今年は節分・立春の言葉通り既に春らしい気候になっていますね。そんな中でスキー場にいるのも少し違和感を感じます・・・

投稿者 kenzo : 2007年02月03日 17:59

 春の風が食卓にという感じでもありますね。節分になりましたねえ。

投稿者 うるとらはるく : 2007年02月03日 10:09

美作守さん、
ご無沙汰してます。今年は本当に気候の変化が読み難くなっていまして、作付計画懊悩中です。先人の残してくれた素晴らしい暦「旧暦」もどこまで通用するのか、昨今の温暖化情報を聞いていますと不安になっています。
「利便性」「進歩」という快楽主義の付けは既に随所に現れていると思いますが、美作守さんのようにその不安と寒気を感じ行動に移せる人が少しでも増えることを祈るばかりです。

投稿者 kenzo : 2007年01月23日 20:43

異常気象、という言葉が陳腐に聞こえるような天候が続く昨今ですが、早くも“ふきのとう”ですか。ほとんど積雪がなくても、植物の体内時計はリセットされるのですね。
旬も、交通網の発達や、温度調節された室内栽培で、ほとんど感じることがなくなりました。“ふきのとう”や“たらの芽”もスーパーで入手できますし。便利になったというのでしょうが、そのうち付けを払うことになりそうな予感(漠然とした不安ではなく、気温の変化から実感)。
子供たちの時代には、と考えると寒気を覚えます。

投稿者 美作守 : 2007年01月23日 19:31

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