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2006年08月19日

人心の荒廃すること

ただいま体協の寄り合いから帰ってきました。あまりにも悲しくなり本日2度目の日記に向かっております。

当人のいないところでその人をけなし、得意げになる

自分の都合は最優先させるが、他人の都合には聞く耳を持たない

行事(イベント)=遊び>百姓仕事

具体的には書きませんが、こんなことが平然とまかり通っているっていったい・・・
子供の話であればまだしも、これが還暦を過ぎた老年期の振る舞いかと思うと怒りよりも悲しさがこみ上げてきます。

「憎まれっ子世にはばかる」とはよく言ったものだとふと脳裏を掠めた自分が情けなくもあり、陰鬱とした心持で家路をたどりました。

こんな時、家に帰っても誰も話し相手がいないというのは寂しいものですね。
愚痴を聞いてくれる相手がほしいというのは正直なところ否定できませんが、それ以上に私がこうして思ったことを話し、思いを共有してくれる存在が欲しいなとふと感じてしまいました。
さすがにさくらじゃこれは無理ですからねえ。彼女は今私の後ろで蛾と戯れています・・・

とりあえず現実逃避するしかない今の私もまだまだ精神修養が足りません。
さて、ぐっすり休んで明日からまた気分一新、ケの生活を全うしましょうか。

2006年08月19日 21:52

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Comments

むーちゃん、
ありがとう。そうだね。電話という手もありかな。幸いうちはIP電話だから国内何処へかけても市内料金。

投稿者 kenzo : 2006年08月20日 21:13

ふむふむ。。。
いつでも、電話してきてねー。
話したい時に、わかってくれる相手がいない程つらい事ってないもんね。んん、うちがBBフォンだったら・・・・。

投稿者 むー : 2006年08月20日 20:50

恋ちゃん、芹ちゃん、なるぴぃ、
いろいろとご意見ありがとう。そういう人間もたくさんいるということは分かっていながらも、ついつい愚痴ってしまいました。
別段落ち込んでいるとか悩んでいるとかいうわけではなく、ただ話をする相手がいなかったものでブログに書いてしまいました。ダメですね。
今日からまた気分一新、いつもの生活に戻っています。

投稿者 kenzo : 2006年08月20日 17:54

私もお年寄りを相手に仕事をしてますが、そんなもんです。
私は仏教婦人会という団体の事務局をしてるのですが、女はいつまでたっても女。私が女子校で見た光景と変わらぬ光景がそこにはあります。
年齢を重ねたからってそんな人間変わるものではないみたいですよ。

投稿者 なるぴぃ : 2006年08月20日 10:43

おひさしぶりです。

そうですねえ。私もそういうことよく感じます。
もちろんそんな人ばっかりちゃうし、お年寄りから学ぶ事はいっぱいあるし、
むしろお年寄りのスローペースは私の性に合うし、好きです。
けど、60、70年と生きてきた人の性格はも〜どうにも変えられませんよね。
かたまっちゃってる、というか。
それでも一応こっちの思いは伝えるけど、期待はしません。
ただ、自分がそんな年寄りにならないように気をつけるのが最大限にできることかな?と思います。

投稿者 芹 : 2006年08月20日 09:45

世の中には、納得いかないこと・理不尽なこと、
本当に多く存在しているんですね。
言葉を発した本人は覚えていないかもしれないようなことでも、
他人には、深く胸に刺さり傷ついたりすることは沢山ありますよね。

もう何年も前のことですけど、上司が何気なく発した言葉に
傷つき情けなくなり屈辱的になったこと、実は今でも忘れられないことが私にもあります。

「年齢を重ねている人=立派」ということでは絶対ないですよね。
それは人それぞれの人生の生き方であって、
年齢を重ねてしまった分、自分を省みたり他人の言葉に耳を傾けたり
できなくなってしまって、とても付き合いづらい存在になってしまう。でもそういう人はきっと寂しい人生を送ってしまうんだと思います。

確かに、こういった事は、さくらちゃんには難しい人生論ですよね。
私もよく近所のワンちゃん一家に愚痴っているので、
私の思っていることについて、このワンちゃん達、実はよく知ってます。

辛いことは乗越えたあと、また自分の人生を豊かにしてくれますよね。
そのために私も日々の生活を頑張ろうと思います。

投稿者 恋ちゃん : 2006年08月20日 09:42

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