みんな大好き除草剤
本日2度目です。今回は日記ではなく主張として。
夏の法要の時期になり、先日総代がせっせと寺に除草剤をまきに来ました。境内全域はもちろん、さくらの行動範囲内にまで除草剤がまかれていたので怒りと悲しみと哀れみとの入り混じった複雑な心境の中で除草剤について考えてしまいました。
除草剤(農薬全般)を使うことがなぜ罪なのか。
動植物に対する毒性?自然界の生態系に与える影響?
それも当然あるでしょう。私も今まではそれだけを理由に嫌悪していました。
しかし、最近少し見方が変わってきました。
除草剤(農薬)の最大の罪は次世代、子孫に対する無責任さではないかと。
数年前になりますが、友人と酒を呑んでいるときに子供の教育について話が及びました。(二人とも未だに独身なのが笑えますが)
彼はそのときこういいました。
「自分が親に大学まで行かせてもらっておきながら、自分の子供が行きたいといったときに行かせないというのは勝手すぎる」と。
理屈はこれと同じ気がしています。私たちは両親をはじめとした先祖が残してくれたものの中で生かされています。そして、「生きる」というのは自然界があって始めて成立するものです。
物やお金、社会や人間関係、家族の愛、などなど生きるために必要とされることは多々ありますが、それらは自然界という礎の上に乗っかっているものであり、その礎がなければ存在すらできないものです。
さて、ではなぜこれが除草剤と繋がるのか。自分たちは除草剤のまかれた草原、公園、田んぼ、広場などで遊んで育ったのか。今大喜びで薬を使いまくっている世代、つまりは我々よりもまだ上の世代になればなるほど答えは「否」であるはず。そんなもの自体が存在していなかったわけですから。
その長きに渡って先祖たちが残してくれていた自然を同じ状態で時代に繋ぐ。全く同じ状態で残すということは不可能ですが、自分たちから率先して壊すこととは話が別です。
自分たちはその恩恵に与っておきながら、我が子や孫たちにはそれを施さないとなると、ひどい話です。しかもそれが礎の部分であるにもかかわらず、その「うわもの」である物やお金だけを与えることに躍起になっているというのも本末転倒。
自然は豊かであればあるほどその有難味が気付かれにくいものです。だから世界の中では日本が、また日本の中では都市部よりも農村部がそれに甘え、そして気付かぬうちに壊しているのです。
「自然にやさしい」とか「自然保護」とか言っているうちは人間の驕りから抜け切れません。「自然に生かされている」という謙虚な姿勢と畏怖の念がなければ。
2006年07月13日 21:16
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ちびぴよさん、じゃんさん、コメントありがとう。
確かに難しいこととは思いますが、こういう問題に関してはだからといって妥協してよいというものではないと思っています。
私もまだまだできていないところだらけですが、それでも多くの人よりは多少なりとも実践を重ねているつもりです。
大切なのはだからといって自己弁護をしないことだと思います。「多少はやっているから」とか「できる範囲でやっているから」というのは何の解決にもならず、中途半端なところで自己満足に陥ることになるからです。あくまでも演繹的な思考で現状に満足しないことが必要なことでもあると思っています。(経験も重視するという点では厳密に言うと「演繹的」ではないのかもしれませんが)
投稿者 kenzo : 2006年07月16日 20:52
今、自分の生きている世界は自分達だけのものじゃなく、自分達の先祖と、これから先の子孫から「借りているもの」だ、という意識が大切ですね。そうやって、ずーっとずっと長い歴史がつながって生きているんです。そうでないものは、たぶんありません。
しかし、一度ついてしまった習慣を変えることは、なかなか難しいものです。悪いこととはわかっていても、なぜかやらないと気持ちが悪い・・・日本人はもともと、自分達の文化に頑固だったようですから、そういった「切り替え」は余計に容易ではないでしょうね。
失ったものは、環境か、それとも精神か・・・
投稿者 じゃん : 2006年07月14日 23:20
うちの周りでも、いい感じで草が生えてきたな、と思うと除草剤がまかれていたりします。お手軽なんでしょうけど、やっぱり気になるのよね。
同じ状態で次代に繋ぐ、って、本当に大切なこと。だけど、それって、本当に大変なこと。私達に出来る範囲で伝えてやれることはなんなのか、日々考えさせられています。
投稿者 chibipiyopiyo : 2006年07月14日 23:18
恋ちゃん、ありがとう。そう思って日々生活の中で実践をしていける人が少しずつでも増えてくれると幸せな世の中になっていくと思うのですが。
投稿者 kenzo : 2006年07月14日 20:57
“先祖たちが残してくれていた自然を同じ状態で時代に繋ぐ。”
ということは、私も本当に大切なことだと思います。
現代の私達が壊す権利はないんだし、守って繋いでいくことが
今を生きる人の大切な使命なんじゃないかと思います。
今日、鎌倉円覚寺に行って、その使命を一生懸命に果そうとしている
人達の心に触れ、その大切さを実感しました。
自然を含めた世の中の万物の中で“生かされている”という
謙虚な気持ち常に持っていたいです。
投稿者 恋ちゃん : 2006年07月14日 20:31
