2006年01月30日
春のもの
昨日実家にいたときの話。
裏の梅の木下にふきのとうが出ていました。立派なものがたくさん。
私のいるところではまだまだ雪の下なのですが、やはり南部ではそういう季節になったんですね。
正月には「春の七草」がスーパーなどにも並んでいますが、これは新暦での話。当然野にはそんなものが生えているはずもなく、売られているものは全てハウスの中で石油を焚いて作られています。
近年では山菜などもほとんどがそう。
自然の恵みをいただくから人間の体にもいいわけで、人工的に作り出したものが同じ作用をするとは考えられません。
季節感、旬というものは自然のめぐり合わせの中で必然の結果として生まれてきたもので形だけ同じようなものを用意すればそれでいいというものではないのです。
巷では「イチゴ大福」も並んでいました。今ではイチゴの最盛期が12月~になっているとか。自然に比べると半年近くずれています。
こうした現状はおかしい、おかしいといいながらも実はそのおかしさを生み出しているのはそれを買っている消費者であり、それに迎合する生産者であるわけです。
自分の日常を棚に上げて口先だけの批判をするしか能がない現状にはもう飽き飽きしました。
やはりこれからは行動の時代ですね。文句を言いたければ自分がまず行動にする。それができないのであれば文句も言わない。
「安心・安全」「健康」「地球環境」などなど行動を伴わないお題目はいりませんね。おかげで本当のことを伝えようとしたときに言葉がなくなってくるんだよねえ。
2006年01月30日 20:04
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